2021年09月13日

性善説と性悪説

今の時代は善悪の区別が比較的はっきりしていて善と悪が互いに相手を征服して主張する考えが一般的です。
茶道は中庸(バランス)を重んじます。相手を完全に負かすのではなくバランスを保つことに重きを置いています。
性善説と性悪説は中学生の頃になんとなく習いましたが、個人としては性悪説と呼ばれる荀子の考え方がしっくりきます。荀子の書物をよく読めばわかるのですが『人の本質は悪ではなく、欲があり、欲を満たすため、五感から来る快楽や快適なこと、モノに陥りがちだから、礼儀や決まり事で自制する必要がある』というものです。

他人がお互いに快適に暮らしていくためには礼儀やルールが必要でそれは互いが幸せに生きる道で茶道のまさに実践しようとしている道と同じです。

裏千家の家元が作られた『ことば』という文があります。
『他人を侮ることなくいつも思いやりが先に立つように』
思いやりは何かしようとする時に、自分のことをよりも他の誰かのことを先に思いやれるということです。
自分のことを先に気にするのが普通ですが、それでは互いに主張ばかりで相手を受け入れる気持ちが狭くなります。そういう環境を心の中に作るために、気づくために稽古を続けることが有効なのです。
習慣付けをして一旦ついた心の癖を治すのは絶えず続けていける習い事が最も有効です。
師匠は自分、点前をして自分と向き合い高めていきましょう。
posted by torianchado at 15:28| Comment(0) | 日記

2021年09月09日

2回目のワクチン接種を終えて

今日はワクチン接種2回目を無事終えました。SNSや新聞、ニュースなどで様々な情報が飛び交い1回目の時よりも緊張しました。従来と違うワクチンタイプであったり、データがないこともあり今後にどう影響が出るのかわかりません。ワクチンを接種してもコロナにかからないという保証もありません。
不安だらけですが、やはり未曾有の状況下にあっては自分で考え行動することが大切です。
マスクをつけることもそうですが自分だけでなく感染すれば周りの誰かに万が一のことが起こるかもしれない
と考えるとなるべく早く接種が終わることを願います。
わからない未来のことに対して人は過去の事例を探して安心を得たいと思うものです。
しかし過去の事例がない時、混乱しがちです。
茶道の点前の時に予期せぬことが多々起こります。
コトの大きさは違いますが普段から周りが騒がしくても、動じない態度を身につけるよう修練しておけば
情報に左右されて、右往左往することもあまりありません。

茶道から学んだこと
動じない心
これからも学び続けていきます。
時々勤払拭

心は脆く曇りやすいこと茶道で気づいた大切なことです。
posted by torianchado at 19:03| Comment(0) | 日記

2021年09月08日

お茶の味

お茶を習う時、先ずは作法をうまくできるようになるのが目的になると思います。
当然美しい所作を身につけたいという気持ちは誰しもあります。
これは年数と回数を重ねていけばだんだん得心して上手くなっていきます。抹茶は味が強く煎茶のように温度を調整することにはあまり言及しておしえません。
今日煎茶のパッケージに美味しいお茶の淹れ方が書いてあるのをみて思いました。
抹茶の先生なので抹茶の美味しい点て方には4つの要素が必要だと思っています。
簡単なことですが『温度』『お茶の量』『お湯の量』『点て方』です。
温度を調整するのに水を差したり茶筅通しの時に量を増減させたりします。
ほんの少しの工夫でお茶が美味しくなります。

作法をある程度学んだら次はどうしたら美味しいお茶にできるか考えることを始めましょう。

続けてこそ道です。
posted by torianchado at 07:32| Comment(0) | 日記

2021年08月31日

日常にお茶を生かす

茶道を始めてから20年以上経ちますが、大きく変わったことと言えば日常の生活に無駄な動きが無くなったことです。料理をするのも準備をして片付けまで作法のようにスムーズに進めると効率が良い時間の使い方ができるようになりました。また、買い物に行くのも順序を考えて無駄のない効率の良い方法で済ますことができるようになりました。記憶力はどんどん忘れたりして思い出せなくなってきます。しかし身体で覚えている動きは身についているので忘れることはあまりありません。
たくさんの作法を忘れたり覚えたりして繰り返し、また掛軸、花を愛でておいしいお菓子をいただく。
楽しみながら、教養も身についていく、こんな楽しいことはありません。
お茶のある生き方を選んで本当に良かったです。
これからも1人でも多くの方に茶道の良さを伝えたいです。
posted by torianchado at 07:26| Comment(0) | 日記

2021年08月23日

稽古で何を学ぶのか

ちょうど3年前に稽古をしたいというメールが来ました。
茶道だけを学びに日本に来るという内容だったので半信半疑でしたが、来た時から修行をしたいと言われ多少困惑しました。修行、修道という言葉は響きが良く何か自分が変わるかもと期待をさせるような響きを持っていますが
その道に入るということはとても生半可な気持ちではできるものでなく、理想や期待は全て打ち砕かれます。
個人の自由もなく上下関係は厳しいものです。
尊重されるべき今の時代に、遅れた考え方と映ることもあるかも知れません。
難しい時代です。
修行してきた経験と今の時代のことを考慮するとあまり厳しい上下関係や修行は推奨すべきではないと思います。
ただ、一つ言えるのは厳しさの度合いで得れるコトの大きさは異なります。
今の時代は自分がどれだけ本物を学びたいかどうかで稽古や修行する場所を選んだ方が良いと思います。
時代の流れとしては情報が溢れて、ほとんどのことが開示されオープンです。
その中にある価値の高いものは自分の目で確かめてしかわかりません。
求めるものがそれだけ大きかった帰国した弟子は自国で日本文化のアンバサダーになってくれると思います。
毎年日本に来て稽古をつけて欲しいと言いまるで近くに住んでいるかのように出国ゲートを後にしました。

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posted by torianchado at 23:06| Comment(0) | 日記