2016年07月28日

湿し灰

7月も終わりに近づいているのにまだ梅雨明けしていないので灰を干そうかどうか迷っています。今日は幸い天気が良いので思い切って干してみることにしました。
京都修行時代は夏のお盆前後で作っていました。日常が閉鎖された生活を送っていたのでその時だけは少しのんびりとしながら灰の番をしてみんなで楽しみました。
ある時羽目をはずしすぎて宗匠から叱られてましたが、おおらかな夏のひとときだったのを
覚えています。その時はすうにんで作っていましたが今は1人です。懐かしい思い出とともに東京の夏を楽しむつもりです。
posted by torianchado at 09:11| Comment(7) | 日記

2016年07月25日

夏は涼しく

先日大船へ行く用がありJR横須賀線に乗りました。途中乗り換えがあって駅のホームが少し離れていて暑い中随分歩きました。するとどこからか涼しげな音がしました。上を見ると沢山の風鈴が通路の上に吊るしてありました。涼しい音色に少し涼しくなりました。風鈴の音で決して温度が下がるわけではないですが暑いと思って歩いている意識が風鈴に集中してる間暑さは忘れます。これがまさにおもてなしだと思いました。
posted by torianchado at 22:17| Comment(0) | 日記

2016年07月18日

茶の本

岡倉天心の書いた『茶の本』は今読んでも心を揺さぶられる。中でも茶道に生きた先人たちへの賞賛はお茶を学ぶ人にとっては明確な理由付けになります。

茶を学ぶ人たちは日常生活の中で美しく生きたい方が大多数だと思います。靴の脱ぎ方から、手の洗い方、食事の摂り方、作り方、これを行うことは究極は心の平安を得たいからだと思います。

人は誰でも五感で美しいものを感じ感動し幸せな気持ちや安心感を得ます。感情は流れていつの間にか忘れてしまう瞬間的なものですが、その感動を自分に落とし込み感動の実践者となればそれが身につき離れることはありません。

その積み重ねから充実した時間を過ごすことができるのです。初めは日常生活からの気持ちの切り替えでも構わないのですが、年数を重ねて心の平安をめざしてもらいたいです。
posted by torianchado at 14:24| Comment(0) | 日記

2016年07月12日

器の力

先日奈良へ行って講習を受けましたが、その時に記念として水盤をいただきました。普段は稽古用を使っていますが、流派創立100年の節目の講習会で須山家元も思い入れのある水盤を作られたようです。
正直な話、家に帰ってから『この器を使って花を生けてみたい』と思いが止まず時間を見つけて必ず花を生けたいと今の瞬間も思ってます。

花がより格好良く写る器があり、家に置いても和洋問わず合う、そして脇役の雰囲気がある。茶道も沢山道具を使います。やはり表現するには良い器が必要だと思います。花を生ける時は『花と器』のみです。ごまかしが効きません。
心して向き合うことの大切さを教えてもらいました。
posted by torianchado at 17:43| Comment(0) | 日記

2016年07月10日

茶道の原点

今日は奈良まで生け花の講習会に行ってきました。日本文化に造詣の深い須山先生の話は、自分の中でまとまっていない、日本文化、稽古の在り方について教えてくれます。

日本人は極端を嫌う民族であるから不完全な美を良しとする。超越した美は手の届かないところにあるが日本人は日常の中で楽しむ美が好きで、家の中で茶を点て、花を生ける。それは、岡倉天心の言葉を借りれば美の追求であり、美しく生きる生活を理想とするからである。

伝統文化を次世代に伝えていく中で一番必要なのは『型』である。

創始者が良いと思う感覚で創り上げたものを次世代にも残したいと思うところから型が発生する。型があるから何百年も昔の創始者の模倣が出来る。先ず型を学んでそれから創意工夫に至る。

稽古で何を大切にすれば良いかを教えられた有意義な時間でした。
posted by torianchado at 19:31| Comment(0) | 日記