2019年07月21日

とうりあん夏合宿@八ヶ岳

この土日を利用してとうりあん合宿に行ってきました。
日常にお茶がある生活。
茶道の古い写真を見ていたら火を起こして外に出て着物姿でお茶を楽しんでるものが
何枚かありました。
今までは若干準備など面倒だなぁと思うこともありましたが、今回は自然の中でお茶を楽しむ楽しさが分かりました。8748E0FA-10F8-42BA-98BC-592D0649159C.jpeg

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夕方は古帛紗と菓子切り入れを作りオリジナル古帛紗と菓子切りが出来上がりました。

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いいお弟子さんが集まってくれていると本当なは嬉しくなりました。
それぞれがいい距離感を持っていて、それが心地よいのです。
裏千家の会員組織は淡交会といいます。これは『君子の交わりは淡き水の如し』から取られているもので、節度を持って周囲と付き合っていくことが良い日常生活をおくるコツだと教えてくれているものです。
お茶でいうと扇子を置くことがその表現方法です。
挨拶の時に扇子を前に置くのは相手に対して一歩引いて貴方に敬意を持って踏み込み過ぎずに接しますという表れです。その後自の後ろに置くのは客としてこの境界線を取り去り一座建立をしますという意味でうしろに置きます。

最近の世相を見てみると何でも明らかにしてしまい、みんな他者の目を気にしながら振る舞いそれが繰り返されると自分になってしまうような気がします。
その反面自分を表現するのにインターネットを使うという方法が構築されてきてるとも思います。
お茶は形がありその形を身につけて自由な自己表現をしていく楽しみ方を持っています。
インターネットのような便利さと快適さはないかもしれませんが、不自由さを楽しむ自由さがあっでもいいのではないかと思います。

忙しく便利な現代において何か不足している心の豊かさを満たしてくれるのがお茶ではないかと思います。千利休の時代も明治以降も、お茶を楽しんでいたのは忙しい武将や財界の人たちでした。
心の豊かさを求める気持ちは豊かな生活をしていても必要なものではないかと思います。

posted by torianchado at 06:19| Comment(0) | 日記