2020年06月29日

自然の中


初夏になり家の庭にいつもの景色。今年はいつもよりじっくり庭の手入れができました。
炉の季節の最後は乙女椿の花が咲き終わります。その頃には花蘇芳、山茱萸、万作が春色の花を競わせ、春の訪れを教えてくれます。好きな草木だけを集めた庭はお茶を教える者としてとても心地よいものです。今は紫陽花が咲き終わり沙羅双樹の花が一日の栄を誇り毎日綺麗に花を咲かせます。
今日は久しぶりに自然に触れる環境が近くにあります。名前も知らない木々は自然の中で姿を変えながらやはりそこにあり続けています。
ヒグラシが鳴き、鳥が囀り風が流れている。自然はエネルギーを与えてくれます。
もうすぐ7月これから夏の盛り木々は青葉に太陽の光をいっぱい浴びて根っこから養分を吸収しぐんぐん成長します。毎年思うことですが今年の秋はどんな実を結ぶことができるか、
自分だけの花を咲かせるために心にいつも太陽を持ち続け、手を伸ばして道を掴み登り続ける。そのためには心が喜ぶ栄養が必要です。
posted by torianchado at 11:16| Comment(0) | 日記

2020年06月23日

人との距離

茶会を主催するときに部屋の大きさに入れる人数については、待合と茶室外で待つ人、他の席でお茶を楽しんでる人そのくらいの認識しか持っていませんでした。
今回も病気の流行で人との距離という観点からも配慮が必要だということが分かりました。

少し前まで世界的ボーダレスに沢山の飛行機が飛び、インターネットで繋がった会ったことがない新しい友人からコンタクトがあり世界中の人が互いの国を行き来してますますグローバル化が進むかに見えました。

今は互いに自分の場所に留まり人と近くなり過ぎず気を使いながら生活するという形に変化してきました。
インターネットのおかげで連絡が取れるようになり海外の方とでも稽古ができるようになりました。

その反面茶会をするのに人数制限をしたり、消毒をしたりする注意喚起が必要となりました。

有効なワクチンが普及するまで数年かかると思います。
人のお互いに感じる熱感はこういう時代でも変わらないかもしれません。

誰かといることで安心や信頼を感じる、早くそういう時代が戻ってくることを祈りつつ
気をつけお茶に励みたいです。
posted by torianchado at 15:23| Comment(0) | 日記

2020年06月20日

型から形そして離れて

守破離、茶道の稽古でよく耳にする言葉です。
はじめは先ず型を守ることから始めその思想やこだわり型を身に付けることに終始集中します。
やがて、学び尽くしてから基本を踏襲しつつそれを基礎として離れていく工夫を必要とします。
離れつつも基本を忘れない段階です。
やがて、鍛錬も満ち足りて、できることも確固たる確信が湧いてくる時に
離れる時期が訪れます。
ところが離れるのはとても勇気がいります。
離れられるのは前段階で学んだ型が形となり、やがて教えをどうしてもこだわりの捨てられない部分が現れてかきます。個性です。
離れる段階になると全ての言葉や行いは自分自身の責任になります。
しかし、その責を負わないところに根拠のある自信は生まれません。
自信は二次元的な知識やネットで得た情報よりも三次元もしくはもっと立体的に体験した
ことから得れるものだからです。

もうすこしで手が届きそうなら離れる勇気を。
これも全てお茶で学んだ財産です。

posted by torianchado at 16:56| Comment(0) | 日記

2020年06月16日

茶会のこと

大寄せ茶会の歴史は豊臣秀吉の北野大茶会あたりにあるらしいと聞いたことがあります。
記録によるとクジで当たった民衆に800碗くらいのお茶を振る舞ったらしいのですが.30人のお茶を点てるだけでもかなり大変ことだったのは容易に想像がつきます。

近代に入り大名家からの宝物の売りたてが頻繁に行われて、当時の数寄者がその道具を披露するために
たくさんの人を招いて催したのが今の茶会。
お茶が文化としてまた社交の場としての役割をはたしてきた役割は大きいです。

そんな茶会もコロナの影響で変化するかも知れません。

どのように距離をとって行なうのかこれから思案するところです。

しかしお茶は二次元的なものではなく人と人とが同じ空間を共有する三次元の世界です。
オンラインを使った新しいスタイルは昔熱心に稽古に通っていてくれた古い社中のみんなと
繋ぎ直してくれました。
科学技術と伝統の融合が新しい何かを作り出すのが楽しみです。

とにかくお茶会がしたいです。
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2020年06月13日

梅雨

6月からようやく稽古が再開しました。いつもなら5月の新緑の時期に爽やかな初風炉で迎えるのですが、今年は梅雨入りと共に風炉の季節を迎えました。

盆地の京都では梅雨の時期風が通らずうだるような暑さでした。
平安時代から始まる祇園祭は疫病が流行った時に病気を打ち払うために始まったとされています。
科学の発した現代では、お払いや願掛けの効果はそれほど期待されずにやむなく中止になってしまいました。

去年まで嵐の如く訪日客が日本各地を訪れていたのが嘘のように静かな街の様相に時間が巻き戻されたような
感覚に戸惑ってしまいます。

夜の10時頃になると近所のお店も軒並み明かりが消えています。

そんな中、ゆっくりと稽古が再開しました。

ウィルスを撲滅するから共存する選択肢に時代の流れは舵を切りつつあります。

閉塞感と開放感が入り混じり、慎重に自分で考えて行動する機会が増えました。

先ずは自分を大切にし、お互いに思いやって行動することで共存という生き方が
新たな生活様式になっていくのでしょう。

物理的な距離だけでなく心の距離も一線を持って相手の心の中に立ち入りすぎない
いい人とのま

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posted by torianchado at 07:58| Comment(0) | 日記