2020年07月21日

盆石のこと

玄々斎時代の伝書の中に盆石の真行草を茶席の中で飾る時の心得事が書かれている。
古くは桃山時代以前から知識人の間で嗜まれ、利休時代の盆景の仕方が細川流盆石の教本に今も伝わる。


先日、社中の方から盆石の道具一式を譲ってもらいました。内容から察すると盆石の先生が持っておられたものだということがわかるものでした。

コロナの後から教室は閉まっていて、しばらく稽古をする機会も無くなってしまいましたが、今日はようやく稽古をすることができました。

直感ですが、いただいた時に道具を持っていた人の想いが伝わってきました。
道具を愛用する人がいて生きてきます。
しばらく稽古がなく、気持ちが緩んでいたことも否めないのですが、盆石の稽古を重ねて師範となって
まだ盆石の世界を知らない人に素晴らしさを伝えていきたいです。

昔の茶人は盆石、生花、料理、その他も嗜んでいただろうと思っています。

また茶会ができるようになったら床の間に飾ってお客様に喜んでもらいたいです。









posted by torianchado at 16:03| Comment(0) | 日記

2020年07月20日

これからの時代

少し早いですが、今日で今月の稽古は終わりました。夏は濃茶の名水点又は釣瓶の水指を使った稽古、
葉蓋、洗い茶巾など清涼感のある稽古を行いました。

お茶の楽しみは、普段の稽古で季節感、歳時記です。毎年同じ時期に使う道具を使ってお菓子を食べてゆっくり流れる時間をお茶を喫しながら日常から離れる。

今その日常が大きく変化しています。今年の始めまでオリンピックゲームがあと数日で開会される予定でした。

夜になると家の近くの商店街もひっそりしています。

人との距離も今まで以上に気をつけなければならなくなりました。

この先はまだ見通しが立たないことも多いです。

自分としては近道せず、今の状況は必ずしも底があって好転する時が来ると確信して、正当な道を歩んでいくこと。それによって時が来れば更なる茶道の拡がりがあると信じています。

歴史を振り返って見ても安定しない世相の時こそ、文化に触れることが必要です。
文化や芸術は非日常の世界に導いてくれます。

目先のとらわれず一時的な刹那的な物事に心を奪われず、必要なことを知恵をしぼり、工夫して乗り切ります。
その先は必ず輝くものが待っています。

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タケノとオハギ 社中の方からいただきました。

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水牡丹 香雲堂さんから取り寄せさせてもらいました。
posted by torianchado at 22:42| Comment(0) | 日記

2020年07月17日

恩ある方からの言葉

今自分がここでブログを書いたり、教室でお茶を教えたりしているのは多くの方に助けていただいたからです。
今日庵退庵の時から、東京での生活、仕事、家族…ずっと誰かの助けがあってここにいます。

京都を去る日も京都の友人が助けてくれ、家元との再会も支えてくれた人がいました。
今でも季節ごとに手紙を出して近況などをお知らせしています。

自分自身が困難な状況にあった時に多くの人が背中を向ける中、希望を捨てず続けていくことを強く押してくれた恩人です。
コロナの蔓延する中従来の茶会や稽古の方法、オンラインの導入など模索していたところ
今回返事にはお茶の本質を一言で言い表す素晴らしい言葉がありました。

お茶の本来の姿は『顔を合わせて、膝を交える』

今すぐにはこのようにできませんが、安易に慌てて、目先にとらわれずあるべき姿を見失わないようにいたいです。
posted by torianchado at 05:46| Comment(0) | 日記

2020年07月14日

自ら行なう。

InstagramなどのSNSのツールを使い始めて1年ほどになります。実際は生徒さんに手伝ってもらっているのがほとんどですが…
画質、アングル、演出などほんとに皆さんの投稿を見ていると、センスの良さに脱帽するばかりです。

情報社会の現代何かを始めてる時は先ずは情報を得て安全なに整えられた環境を作ってから始めることができる。
ほとんどのことはデジタル化された情報として流通していでて他の誰かとも容易に共有もできる。

これに後一つ必ずプラスしなければならないものがあります。
それは、気持ち、覚悟、モチベーションなど様々な言葉で表現されますが、行なうことです。

自らのやる気と行動がなければせっかく整えられた環境も生かされません。
行なうことまで放棄してしまうとそれは自分の体験ではなくなってしまいせっかくの成長のチャンスを逃してしまうと思います。
時代が変わっても、人と人とが同じ空間で時間を共有することはかわりません。
posted by torianchado at 18:27| Comment(0) | 日記

2020年07月11日

夏は涼しさを

裏千家十一代家元玄々斎は幕末期に於いて新しい作法を創造しました。その発想力の先見の明には
畏敬の念を抱き続けています。

水指の蓋を木の葉に変えて夏らしさを演習した葉蓋の点前は特にこの季節には欠かせないものです。
多くの方々知っていることなので今更特筆することでもないのですが、
この点前は七夕の趣向で末広籠の花の落とし筒を使ってお客様をもてなしたことに由来します。

他にも夏には大きな水指を使って水をお客様に見せる平水指、平たい茶碗の中に水を入れてお客様の前で茶巾からしたたる水、建水に流す水の音、井戸から汲んだばかりの水でもてなす釣瓶の水指を使った点前、挙げれば枚挙に暇がありません。

少し不自由なくらいな環境の中でこそ工夫が生まれてくるのです。
posted by torianchado at 13:54| Comment(0) | 日記