2018年08月07日

近江聖人中江藤樹先生@

滋賀県高島市。人口五万人程の町の中の安曇川町に中江藤樹先生の記念館があります。
この夏ようやく尋ねることが出来ました。

中江藤樹先生のことは内村鑑三の著書『代表的日本人』で知りましたが、何故、内村鑑三が先生を選んだのか本を読むだけではピンと来なかったので今回たずねました。

記念館へ入ると奥から子供達の大きな声が…よく聞いてみると騒ぎ声ではなく『論語』でした。こちらが感心していると学芸員の方が『この地域の小学校では三年生から中江藤樹先生のことを学びます。その一環で素読をしてます』とのこと。

その後、本に出てくる親孝行の話や馬子の落し物を届けて返礼を受け取らなかった話を伺いました。

しかしそれだけでは何故『代表的日本人』に書かれるほどなのかピンときませんでした。
その疑問を解消してくれたのは学芸員さんの話でした。

中江藤樹先生の生きた時代は江戸初期。徳川家康による江戸幕府が開かれてまだそれほどたってません。戦国時代の気風がまだ残っている時代でもありました。そして当時はまだ学問は身分の高い人たちだけのもので、庶民には必要ないと思われていたそうです。そんな中中江藤樹先生は身分の上下に関わらず、自分の学んだことを農民、町人、武士など、分け隔てなく教え、どうしても学問が足りず理解できない人にはその人のために本をカスタマイズしたようです。

学びに身分は必要なく、志のある人には誰にでも教えるスタイルをとった初めての人物だったのです。
これがまたキリスト教信仰をしていた内村鑑三の琴線触れたのでしょう。

そしてここから二百数十年後の明治維新まで脈々と流れが続いているとは思いませんでした。
posted by torianchado at 06:57| Comment(0) | 日記
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