2019年08月19日

2つ目の蕾

夏の朝いつも稽古がある時は裏庭の木々に水をあげた後、花の様子をみることにしています。
概ね夏は宗旦木槿が元気よく花を咲かせているので、その中から一輪だけ頂戴して、美しさを床の間の花入に生ける。昨日の木槿はいつものように一日の栄、力強く生命を燃やし人の心を和ませ、時には慰めてくれます。
今朝はその生命を惜しみなく使い見事に枯れていた。枯れているこの姿すら美しく感じます。
その後ろに隠れて小さな蕾が別の生命を宿していました。
1つ目の花が人の目を和ませ、穏やかにしている時同じくして、懸命に咲こうと生きていた花。
花は誰のために咲くのだろうと、考えたが自分のために咲くのだとすぐに思い直しました。
花を見て人が和むこと、喜ぶことは、人が見て思うこと。
花自身には、ある意味特別なことではありません。
ただ咲くために生命を燃やし、枯れていく。
誰かのためではなく自分のために咲くことから始めればそれが見ている誰かのためになるのでしょう。
人はそれに共感、感動を覚えます。
2つ目の蕾を見てそうかんじました。


posted by torianchado at 17:17| Comment(0) | 日記
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