2019年12月02日

竹花入のこと古を知る

年末になると竹を切るためにのこぎりを挽く音が朝からきこえてくる。雨樋、竹垣1年を通してすっかり色褪せたよく馴れた竹が次々清浄感のある青竹にすげ替えられていく。京都修行時代に過ごした年末は、事始め、稽古仕舞い、大はらい、餅つき、除夜釜、おけら火と慌ただしく時間に追い立てられるように過ぎていく。
庭師をしている友人が2人います。
先日友人の1人と竹垣について話しました。
通常竹を伐るとき自分の伐りやすい高さ大体土から60cmほどのところで切り節間の長さが同じくらいのものを使うそうです。
竹花入で良くみられるような節が詰まっている根っこに近い部分は根っこから掘り起こさないと採れない部分なので、もし買った竹一本にその部分がついていたら切り落として使わないそうです。

そう考えてみると、竹花入に美しさを見出した先人達は、同じように打ち捨てられたその部分に美を感じたということになります。

竹全体を支えるもの、その生命の始まる部分に躍動する力を感じたのでしょう。

お茶が枯れたものではなく晩冬から早春に生きようとするエネルギーだとおしえてくれます。
posted by torianchado at 23:24| Comment(0) | 日記
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