2021年08月23日

稽古で何を学ぶのか

ちょうど3年前に稽古をしたいというメールが来ました。
茶道だけを学びに日本に来るという内容だったので半信半疑でしたが、来た時から修行をしたいと言われ多少困惑しました。修行、修道という言葉は響きが良く何か自分が変わるかもと期待をさせるような響きを持っていますが
その道に入るということはとても生半可な気持ちではできるものでなく、理想や期待は全て打ち砕かれます。
個人の自由もなく上下関係は厳しいものです。
尊重されるべき今の時代に、遅れた考え方と映ることもあるかも知れません。
難しい時代です。
修行してきた経験と今の時代のことを考慮するとあまり厳しい上下関係や修行は推奨すべきではないと思います。
ただ、一つ言えるのは厳しさの度合いで得れるコトの大きさは異なります。
今の時代は自分がどれだけ本物を学びたいかどうかで稽古や修行する場所を選んだ方が良いと思います。
時代の流れとしては情報が溢れて、ほとんどのことが開示されオープンです。
その中にある価値の高いものは自分の目で確かめてしかわかりません。
求めるものがそれだけ大きかった帰国した弟子は自国で日本文化のアンバサダーになってくれると思います。
毎年日本に来て稽古をつけて欲しいと言いまるで近くに住んでいるかのように出国ゲートを後にしました。

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posted by torianchado at 23:06| Comment(0) | 日記
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