2013年11月27日

吾唯足知(われただたるをしる)

吾唯足知(われただたるをしる)は京都の龍安寺にあるつくばいに刻まれていることで有名です。水のたまる見込みの部分が口の形をしていて周りに「口」の部分を除いた字が掘られています。

おそらく誰もがあわただしい毎日を過ごしていると思います。私も「いつも時間が足りない」と心の中で思いながら過ぎていく時間の中で生活しています。しかし自転車で走ってい居るときに何気なく空を見上げた時、夕焼けがきれいだったり空に渡り鳥の姿を見つけたりすると「足りないこと」に不満な自分に気が付き我に返ります。そして限られた時間の中で「夕焼けがきれい」と思える瞬間自分を取り戻したような気持ちになります。いつもは、あれも欲しいこれも欲しいと尽きることはありませんが今の自分が十分に満たされている事を思い出した時心が軽くなります。「南方録」という千利休の茶道観を伝えた本があります。その中に「家は漏らぬほど、食事は飢えぬほどにて足る事也」という言葉があります。自分の置かれた環境で満たされていることに気付き、自分のスイッチをたまには切り替えて自分を取り戻すことがゆとりを持つ生き方につながると思います。切り替えのスイッチが見つからない方は是非お茶に触れてみていただきたいと思います。

自分の存在の素晴らしさや生きる活力が生まれてくると思います。
posted by torianchado at 20:46| Comment(0) | 禅語
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