2022年10月11日

とにかくやること

『上手くなりたければ人の倍稽古をすればいい』茶道を始めたからに当時の師匠から言われた言葉です。
全くその通りで、かけた時間の分だけ、より上達もする、また経験値も増えて少々のことでも動じなくなる。
京都で勉強している時、前家元千玄室大宗匠が『知らないことを、恥ずかしながらわからないので教えてください』と素直に言える人間は成長すると言われていました。

wabunkaの限定茶事と稽古、師匠の稽古場でつけてもらう稽古、多い時には1日6回ほど点前をすることもあります。
別に自慢することでもなく、する必要があるから点前をするのです。

最近、点前でも茶筌通し、茶を汲むときなど時々こぼしたりすることがある。
以前の自分ではあまりなかったことです。

年齢とともに身体機能が少し翳りをみせはじめたのだと思います。だからこそ
今できるうちにたくさん稽古をして、たくさんお茶会で人を招いて積み上げておきたいのです。

体力は回復することはありません。積み上げてきて、身体に身につけた技術だけが
自分を保ってくれる。

まだすぐではないけれどいずれ忍び寄ってくるその影に備えて
とにかくやり続けないといけないのです。
posted by torianchado at 17:29| Comment(0) | 日記

2022年09月12日

自分を労わる

何か目標に向かって歩んでいく、大きなゴールを見据えその途中にいくつかマイルストーンをもうけて確実に一歩を踏み出す。経験を積んで目標も大きくなればその分達成にも時間と労力が必要になる。心身共に負担が大きくなる。なかなか進まない時、もっとできるはずだと思うし何か改善できるのではとまた考えて歩みを止めない。しかし人生補強を怠らないことが大切です。考えてみれば頭で考えたことを実際に行なってくれる身体の機能に対して感謝があるだろうかとふと思います。行きたいところへ行ってくれる足があって、欲しいものを取る時に手が動いてくれる。食べたい時に消化してくれる内臓がある。当たり前すぎて気がつないが、実にありがたいことです。
最近は足が疲れてくるの足を労わり『ありがとう、わがままに付き合ってくれて』と感謝することにしています。
肩が凝れば緊張させてすまないと心の中で呟きます。
後何十年の付き合いかわかりませんが、いたわり合いながら付き合っていく方が気持ちも楽かなと
考えています。
posted by torianchado at 23:58| Comment(0) | 日記

2022年09月01日

茶事に臨む

コロナと共に生活が続いて3年は経ちました。
飲み回し、大寄茶会、大きな会場での茶会、インバウンド向けのイベント等行われず
茶事を行なう人が増えてきたように思います。お茶の稽古は茶事の食事を省いたお茶を点てる部分を習うこと
なのですが、やはり茶会や茶事も参加しないとお茶がもてなしと言われる理由が分かりにくいと思います。
茶事は道具を決めて出して片付けるところまで1ヶ月以上に渡ります。茶事を催して終わりではないのでなかなか忍耐を要します。また、季節の取り合わせ、お茶、お菓子、料理などやることは多岐にわたります。
いつでもというわけにはいかないのですができる限り茶事を行いたいものです。
また去年から始めたwabunkaの茶事では2時間くらいで収まるように構成を考えています。
これは従来の茶事とは違うものですが、初心の方やお茶は習ってるけど、茶事は未経験という方も多くかられるので、
習いの中にある『続き薄茶』の点前をせずに食事の後、少し炭を直してから
濃茶の後、薄茶を差し上げています。以前雑誌淡交で読んだスムットニー裕美さんの桃山時代に宣教師たちが体験した茶事と偶然同じ手順でした。
私は普段から米は羽釜で、出汁はできるだけ、カツオ、昆布でとるようにしています。そうすると茶事だから特別に
米を炊いたり、出汁を取ったりするという感覚は自然なくなって日常の延長になります。
面倒なことは沢山あるかもしれませんが、面倒がっていたら大切な気づきを逃してしまうような気がして勿体ないと思うのです。お茶が教えてくれることは書き尽くせませんが、不確かで見えない明日をむかえるのにいつも、やることはわかっているからやるだけだと、自分を後押ししてくれるのが長い時間お茶を続けてきて心に根付かせてくれたものです。
簡単に手に入らない時間のかかるものだからこそ心の中で育てていく価値があるのです。
視覚にうったえるコンテンツが広がる中、やることでしか手に入らないコトに重きを置いた生き方がひつようではないでしょうか。
posted by torianchado at 18:42| Comment(0) | 日記

2022年08月23日

wabunka茶事

茶事は準備も大変でなかなかという方もいらっしゃるのですが、教本の通りに行おうとすると設備や道具場所と条件は厳しい。考えてみれば教本の中は家元監修で先生たちも家元の先生たちが出演されているので全ての所作や動きも洗練された内容になってます。そのレベルには到達はできそうもないのが本当のところだと思います。

wabunka茶事はお茶のもてなしが料理も含めた全体に触れる機会を作りたいと思い始めました。
もちろん稽古に通って点前の稽古をするだけでも十分満足します。その先生のコミュニティに入りお茶で繋がった人たち、普段の生活ではなかなか作れない関係ができることもあります。

毎回wabunkaでお客様をお招きして思うのは参加した方が終わる頃に仲良くなってリラックスした気持ちで帰っていかれる。とても嬉しいことです。
会が始まる前にいつも思うことは、とにかく作法がわからないなど不安に思っている方をリラックスさせることです。

また少し分からないことがあっても、突然のハプニングがあっても慌てさせることなく、気持ちを豊かに過ごしてもらうことです。

人の失敗を笑うようなことではお茶の精神に反すると思うのです。
人と調和し、敬い、心をいつも清らかに、堂々とした気持ちで人に接する
勘ぐったり、裏を見たりする必要は何もないはずです。

相手がどうであれ自分はそういう気持ちで接したいと思っています。

小難しい理屈や理論よりも幸せを感じることのできる心を手に入れる方がずっと大切と思い、
日々反省しながらお茶をしています。

posted by torianchado at 22:07| Comment(0) | 日記

2022年08月16日

3本足のアルパカチャッピー

久しぶりの休暇八ヶ岳に来ました。普段はルーティンのコースがあるのですが今日は小淵沢のアルパカ牧場にお邪魔しました。ペルーの高原に生息するアルパカ、もともと寒い気候で暮らしている動物です。
園長さんと思しき方が近づいてきて一匹のずっと寝ているアルパカのチャッピーの話をしてくれました。
生まれた時から足を骨折していたらしく普通の動物園ならそのまま処分の対象にもなりかねない、世話も大変で長生きできるかもわからない。牧場では責任持って世話をするということで、そのまま受け入れしたようです。
そのまま他のアルパカたちと同じように生活をしており、愛想も良いアルパカで牧場の人気者だそうです。
そして訪れた人からたくさん愛されて、食べ物をもらう。とても生き生きしていました。

人も生まれ持った運命がありますが全てそれで決まるわけではなく運命の存在なるものを認識しつつも希望を持って生きていく、それが我々に与えられた生きる意味なのです。

働いて、好きなことを見つけてそれに夢中になって楽しんで、また働く。
それが生きる原動力なのです。
とにかく好きなことを楽しむことが1番大切です。

posted by torianchado at 17:20| Comment(0) | 日記