2020年07月11日

夏は涼しさを

裏千家十一代家元玄々斎は幕末期に於いて新しい作法を創造しました。その発想力の先見の明には
畏敬の念を抱き続けています。

水指の蓋を木の葉に変えて夏らしさを演習した葉蓋の点前は特にこの季節には欠かせないものです。
多くの方々知っていることなので今更特筆することでもないのですが、
この点前は七夕の趣向で末広籠の花の落とし筒を使ってお客様をもてなしたことに由来します。

他にも夏には大きな水指を使って水をお客様に見せる平水指、平たい茶碗の中に水を入れてお客様の前で茶巾からしたたる水、建水に流す水の音、井戸から汲んだばかりの水でもてなす釣瓶の水指を使った点前、挙げれば枚挙に暇がありません。

少し不自由なくらいな環境の中でこそ工夫が生まれてくるのです。
posted by torianchado at 13:54| Comment(0) | 日記

2020年07月07日

人を育てる

当面茶会はの開催が難しい期間が続きそうです。

9月に予定されていた師匠の席持ちの手伝いが中止になった話を聞いて思いました。

茶会があることは当たり前でした。毎年茶席を借りて、美術館の人と打ち合わせをし下見をして道具組、お菓子、手伝いのメンバー、招待したい友人直前まで道具も決まらずバタバタして前日準備でようやく全てが落ち着く。
それはそれで楽しい時間でした。

新しい出会いがあり、感動が生まれる、一期一会を楽しみにしていました。

社中のみんなに伝えたいことも沢山あります。
稽古に励む中でどれだけのことが伝えられるかわかりません。
しかしお茶の良さを伝えるためには走り続けないといけません。

立ち止まった分だけ、伝える時間が減ってしまいます。
窮屈な時代へ流れがしばらく移るかもしれません。しかし、人は窮屈さ閉塞感を感じる時、心が癒されるものに興味を惹かれます。お茶の在り方は、その場所で、今できることをすぐに行なうことです。

今やらないと自分がここまで来れたことに対して申し訳が立ちません。
結果よりも、大切なことは見つかりそうなところまで来ています。

後に続く人のために伝えることが沢山あります。

posted by torianchado at 23:33| Comment(0) | 日記

2020年06月29日

自然の中


初夏になり家の庭にいつもの景色。今年はいつもよりじっくり庭の手入れができました。
炉の季節の最後は乙女椿の花が咲き終わります。その頃には花蘇芳、山茱萸、万作が春色の花を競わせ、春の訪れを教えてくれます。好きな草木だけを集めた庭はお茶を教える者としてとても心地よいものです。今は紫陽花が咲き終わり沙羅双樹の花が一日の栄を誇り毎日綺麗に花を咲かせます。
今日は久しぶりに自然に触れる環境が近くにあります。名前も知らない木々は自然の中で姿を変えながらやはりそこにあり続けています。
ヒグラシが鳴き、鳥が囀り風が流れている。自然はエネルギーを与えてくれます。
もうすぐ7月これから夏の盛り木々は青葉に太陽の光をいっぱい浴びて根っこから養分を吸収しぐんぐん成長します。毎年思うことですが今年の秋はどんな実を結ぶことができるか、
自分だけの花を咲かせるために心にいつも太陽を持ち続け、手を伸ばして道を掴み登り続ける。そのためには心が喜ぶ栄養が必要です。
posted by torianchado at 11:16| Comment(0) | 日記

2020年06月23日

人との距離

茶会を主催するときに部屋の大きさに入れる人数については、待合と茶室外で待つ人、他の席でお茶を楽しんでる人そのくらいの認識しか持っていませんでした。
今回も病気の流行で人との距離という観点からも配慮が必要だということが分かりました。

少し前まで世界的ボーダレスに沢山の飛行機が飛び、インターネットで繋がった会ったことがない新しい友人からコンタクトがあり世界中の人が互いの国を行き来してますますグローバル化が進むかに見えました。

今は互いに自分の場所に留まり人と近くなり過ぎず気を使いながら生活するという形に変化してきました。
インターネットのおかげで連絡が取れるようになり海外の方とでも稽古ができるようになりました。

その反面茶会をするのに人数制限をしたり、消毒をしたりする注意喚起が必要となりました。

有効なワクチンが普及するまで数年かかると思います。
人のお互いに感じる熱感はこういう時代でも変わらないかもしれません。

誰かといることで安心や信頼を感じる、早くそういう時代が戻ってくることを祈りつつ
気をつけお茶に励みたいです。
posted by torianchado at 15:23| Comment(0) | 日記

2020年06月20日

型から形そして離れて

守破離、茶道の稽古でよく耳にする言葉です。
はじめは先ず型を守ることから始めその思想やこだわり型を身に付けることに終始集中します。
やがて、学び尽くしてから基本を踏襲しつつそれを基礎として離れていく工夫を必要とします。
離れつつも基本を忘れない段階です。
やがて、鍛錬も満ち足りて、できることも確固たる確信が湧いてくる時に
離れる時期が訪れます。
ところが離れるのはとても勇気がいります。
離れられるのは前段階で学んだ型が形となり、やがて教えをどうしてもこだわりの捨てられない部分が現れてかきます。個性です。
離れる段階になると全ての言葉や行いは自分自身の責任になります。
しかし、その責を負わないところに根拠のある自信は生まれません。
自信は二次元的な知識やネットで得た情報よりも三次元もしくはもっと立体的に体験した
ことから得れるものだからです。

もうすこしで手が届きそうなら離れる勇気を。
これも全てお茶で学んだ財産です。

posted by torianchado at 16:56| Comment(0) | 日記